小休止。

実技の課題がようよう終わった…倒れ伏したい…。
しかし月曜にはゼミの発表が控えているので、杖をつきつきもうひと踏ん張り。
火曜はレポート提出日なので、さらにもうひと頑張り。
水曜は死んでも落とせない教職科目の試験なので、精も根も尽き果てる勢いで最後の一踏ん張り。
もう踏ん張りすぎて、よれよれとしながら何やかんやで地の果てまでも行きそうな感じです。

ちなみに腹筋は40回までは楽にいくようになりました。
やっぱり慣れと継続って大事。

私信というか帰省の予定について。
8月の2日から11日まで帰省の予定です。地元で暇している方おられましたら、飲みましょう。
13、14日は海のそばの狩猟場へ。今年も狩ります。
就活とか言いながら、結構夏を満喫してますな。20日頃は箱根に行くし。

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さて、しつこく続くよ文庫語り。しかし一番好きなのはちくま文庫です。次は岩波。
こんだけ語っといて何を言うか。
あ、あと松子の薦めてくれた「鼻行類」読みました。面白い!
今は亡き日高敏隆さんの著書だったのかと、少ししんみりしました。

■新潮文庫
一冊ごとにつけられているコピーが好きです。毎年ちょっとずつ改変されています。
特に好きなのは吉本ばなな『キッチン』の「私の言葉はどこまであなたの孤独にとどくのだろう。」
ヴェルヌ『十五少年漂流記』の「しなやかさとしたたかさ、そして仲間。子どもだけの力で、どこまでやれるか。」
ヘミングウェイ『老人と海』の「男は死ぬまで闘いだ。こんなに薄い本でそれを悟れる君は幸福とだけ言っておく。」
サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』の「完成度では『ライ麦畑』より上との声も。」
海外文学のコピーが秀逸です。もう、ここまで言われたら読むしかないっていう感じ。

作家の生没年が書かれているのですが、2000年代に亡くなった作家が年々増えているのが、時の移ろいを感じさせます…。
この冊子をもらい始めた中一の頃、杉浦日向子も白川静も河合隼雄もサリンジャーも井上ひさしも生きていたのですよ…。
巨星が次々に墜ちてゆく…。しかし新星もまた次々と現れるのです。諸行無常。
そんで有川浩とか橋本紡とか、ライトノベル畑出身の作家も手広く取り入れられています。この二人は年齢不詳ですね。
ちなみに有川浩は女性、橋本紡は男性です。たまに本屋で女流作家の棚に「橋本紡」や「三崎亜記」があって、入れ換えしたくなります。前は「石田衣良」や「有栖川有栖」が女性作家の棚に見られましたが、さすがに最近は無いかな。

■角川文庫
「きみが見つける物語」シリーズが素敵。
複数の作家による短編小説集なのですが、普通じゃ考えられない豪華なラインナップです。
休日編がすごく良いな。角田光代・恒川光太郎・万城目学・森絵都・米澤穂信!学生時代の名手勢揃いって感じです。

映画化した作品・映画のノベライズ版が多いイメージ。掲載作品の選択の問題?
個人的に恒川光太郎が「角川ホラー文庫」に分類されていたのが、少し不満です。ホラーでは無いような…。

しかしもっと衝撃だったのは、小中学生向けの「角川つばさ文庫」で発行される『時をかける少女』の表紙イラストがいとうのいぢ(ハルヒのイラストレーター)だったことです…。でも元々ハルヒは角川発行…そうか、いいのか…。

■集英社文庫
ジャンプ作家フル活用、という感じの限定カバーですな。
一番しっくり来るのは「銀河鉄道の夜」と「汚れつちまつた悲しみに……」の浅田弘幸だと思います。良いなぁ!

角川もやっているけど、各本の紹介欄には、次に読むと良い本も載ってます。
「注文の多い料理店」→「星の王子様」→「汚れつちまつた悲しみに……」みたいにして、つなげていけるわけだ。
で、素朴な疑問なのですが、これって全作品網羅してるのかなー、ということと、編集者の直感で選んでいるのかなー、ということ。前者はともかく(数えてみりゃ分かる)後者は、「よりによってそれか!」と思う作品と「それしかない!」と思う作品の振れ幅がでかい気がするもので。
池上彰「そうだったのか!中国」の次が姜尚中(かんさんじゅん)「在日」とか…。
いや、もっともだとは思うんですけども。背景知識が無いと理解しがたいこともあるし。
でもあんまりにも直球だ!もっと変化球を!間に「となり町戦争」挟むとか!(いいんか)

以上、テンション高めで文庫について語ってみました。
この課題ラッシュ時に、何たわけたことをやっているのか…。

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夏来たりなば。

冬などあっという間だ…(雪国育ちのトラウマ

3日前から腹筋を始めました。今は一日あたり30回くらい。
10回くらいずつ増やして、続けるつもりです。運動部時代は、朝晩100回くらいずつやってたので、戻していけたらな、と。
なんとなく始めたゆるいトレーニングですが、夏ばて対策ってことで。全盛期より、体力落ちてるし。
最初は走ろうかとも思ったのですが、時間も無いし、これ以上足に筋肉つけたら大層まずいことに気づき(スキニージーンズの丈とウェストが合っても、ふくらはぎでつっかえる悲劇)取りやめ。テレビ見ながらできる手軽さが良いです。

さて、夏です。
私の夏の定義は「夏の文庫フェア」が始まることです。フェアが始まらなければ、それは夏ではありません。
夏=文庫。Summer is Bunko.反論は一切合切却下です。海も山も甲子園もかき氷も、全て文庫の添え物です。(大暴投)
今年も新潮・角川・集英社のフェアが始まりました。私はフェア開催初日に本屋へ向かい、小冊子をもらってきました。
この熱意を別の所に向けたならば、何か一つくらい大成しそうですが、まぁいいや。何はともあれ文庫。

私以外誰も楽しくない、文庫フェア語り開始。
とりあえず集英社の「銀河鉄道の夜」「汚れつちまつた悲しみに……」は買うと思います。浅田弘幸の表紙が美しい。
私はこの先、一体何冊の「銀河鉄道の夜」を買うはめになるのでしょうね…。去年も買ったさ。
文庫キャラクターの「はち」カバーは、可愛いんですが、別にこの本じゃなくても良いのでは?と思ってしまう。
無理にキャラクター作らなくても良いと思うんですが。新潮社の「Yonda?」が成功したからかなぁ。

角川も同じく。江國香織や寺山修司の装丁は良いのに、限定カバーが何だか浮いて見えます。
モデルさんを使ったカバーは、良いなと思うものもありましたが。「銀の匙」はしっくり来ます。
しかし数年前の集英社が出した蒼井優の限定カバーが、ぶっちぎり一位で未だに好きです。
次点は角川の松山ケンイチカバー。俳優としての実力差、という気もしますが。

「…あれ?」と思ったのは、新潮文庫の限定カバー。何だか安っぽく見えてしまうのは気のせいか?
インクの発色が悪いのか?特に「金閣寺」。金のメタリックが成金趣味っぽい…と思ってしまった。一番良いなと思うのは、白一色の「こころ」でしょうか。シンプルイズベスト。緑と青も何だか安っぽい色だ…。紙質のせい?
新潮社が初めて限定カバーを出したときは、格好良い!と感心しました。
「人間失格」をショッキングピンクで出したあたり、特に。

語りはまだまだ続きます。文庫フェアについての論文なら余裕で一本書ける。

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1Q84読了。

 約10ヶ月ぶりに帰省しました。
1週間程度の帰省ですが、これくらいがちょうど良いかと。
久々の実家ではありますが、まぁ、そんなに長居して良いものではない。
「ふるさとは遠くにありて想う物」だから、良いのでは。1回出てしまうと、もはや他人の家です。腰が据わらない。
ともかくしばしの間、朝寝を楽しみます。バイトが無いことが、一番の休息。

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私信です。遅くなって申し訳ない。以下反転。

>松子
ちなみに私は5杯以上飲んでいたが。割り勘で一番得しているのは私です。
また肉食いに行こー。

>HARUさん
そうです、次元です。俗に言う「ナマモノ」に足を踏み入れてしまいました。これで全次元制覇です。
(1次2次はとうの昔に踏破済み)
本家の最大手っぷりに度肝を抜かれつつ、細々と妄想しては楽しんでおります。零細運営が性に合ってる…。
6月にはぜひ、旨い酒と良い肴で一杯やりましょう。

>唯さん
先生呼びで「ぎゃっ」ってなりました…呼び捨てで構わんよ…。
吉田さんの本は前から気になっていたので、貸してもらえると嬉しいです。
また遊びにおいで。

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1Q84の3巻読了しました。
村上春樹には珍しく、前向きな感じのラストだったなぁ、と。タマルは問答無用で格好良い。
彼は、世界がどれだけ自分に牙を剥いたとしても、自分は自分として生きていかなくてはならないのだ、ということを、時に率直に、時に装いながら、ずっと書き続けているのかもしれない、とも思いました。

ある研究者が村上春樹を評して「物語における比喩力が、できるだけ遠くへ飛ぶことだとしたら、現在の日本人作家の中で村上春樹ほど遠くへ飛ぶ作家は、他にいない」と言っていたことが、とても印象に残っています。

…で、確かにすごいと思うんだけど、やっぱり好きだと言い切ることができない作家です、村上春樹。
私にとって小説は、もっと血なまぐさい、洗練とはほど遠く、喉から血や痰と一緒に、振り絞られるようにして吐き出されたもの、という気がして仕方ないのです。もしくは、土に親しく、人に咀嚼され、生活臭のしみこんだもの。

村上春樹の言葉は、とても洗練されていて、スマートで、素晴らしいものだとは思うけれども、小説ってそんなものなのかな、とも思ってしまう。彼の言葉は例えば、濡れ鼠になってもう2度と動きたくないと思って、地面にひっくり返っている人には、寄り添ってくれない気がする。一緒にずぶ濡れになってくれることも、めちゃくちゃな慟哭にうなずいてくれることも、土埃の中で取っ組み合って互いにもんどり打つことも、無い気がする。
けして嫌いではないんですが。「卵と壁」のスピーチは、いつの間にかそらんじているほどに良い言葉だと思ってます。

私にとって村上春樹は、エベレストに生身で無酸素登頂できてしまう人、というイメージです。
彼の言葉についていくには、こちらはそれなりの装備と心構えが必要で、それでも同じ視点に立つことは決して無いのだろうと分かってしまう。

私は、山肌を這いずりながら、パーティ全員で酸素マスクを大切に分け合って、息も絶え絶えに登っていく方が、好きだというだけです。もうこれは、本当に好みの問題だと思うけれども。ろ過された洗練よりも、雑味である泥臭さを、近しく思うのです。それが物語の力を、結果的に削ぐものだとしても。


好き勝手に語りましたが、「1Q84」は力に溢れた本当に良い本だと思うので、未読の方はぜひ。
今さら私が勧めるまでもなかろうが…。3巻合わせて300万部突破っていうのはすさまじいね…。

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そういえば載せてなかった。
今年の夏の小説講座で提出した書評、もう1本。
mixiの方では載せていたんですが、こっちで忘れていた。良い本です。
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「11は人なつこく、5は騒々しい。4は内気で物静かだ」
著者ダニエル・タメットは、あらゆる数字をまるで友人を紹介するように、それぞれの個性を表現する。
彼は「サヴァン症候群」という先天的な知的障害を持つ。
左脳に障害を持つため、それを補おうとして右脳が著しく発達し、数学や語学の方面に天才的な発達を見せる高次機能障害だ。逆に法則のない曖昧な事柄への理解は、苦手らしい。
さらに彼は、数字が図形や色として捉えられる「共感覚」という力を持っている。
一見脈絡の無い数字の羅列に見える円周率も、彼の目には色と形をもって、一幅の絵のように映し出されているのだ。

その天才ぶりは並大抵のものではない。数週間で新たな言語を次々と習得し、円周率暗唱記録・欧州チャンピオンの座を守り続けている。しかし彼のこれまでの人生が、順風満帆だったのかというと、そんなことはない。
彼はサヴァン症候群や共感覚と共に、「アスペルガー症候群」という、人とのコミュニケーションにおいて不備が表れる機能障害も持っている。そのため中学まで、親しい友人は一人もできなかったという。
彼は、自分が同級生達とは何かずれているのだと、薄々感じていた。でも、その決定的なズレをどうすることもできなかった。子どもというのは、自分と違う存在にとても敏感だ。そして学校という場所において、「人と違う」ということは、けして有利に働くことばかりではない。
自分が「異質」だと気づいたときの、著者の葛藤を読むたびに、それはどれだけよるべない心持ちだったろうかと、想像する。
これまで自分が拠り所にしてきた、例えばルールや単位、そういうものが全て否定されてしまう瞬間のことを。羅針盤も無く、沖に流された小船が、波に翻弄されるさまを。

それでも彼は、思慮深く、自分の特徴を理解しようと客観的な目をこらしている。自分の投げかけた言葉は、誰にも届かず地に落ちるかもしれない。それを、どうしたら受け取ってもらえるだろうかと、真摯に考え続けた軌跡が、この自伝である。生まれたときから、世界とのズレを感じ続けた彼が、自分の力で居場所を広げていく。
とても魅力的な男性の姿がつづられた、人間の可能性の話だ。

そして、著者と同じくらいに偉大なのは、彼を支え続けた両親だろうと思う。
自分に想像がつかないもの、というのは空恐ろしい。
ましてやそれが、血を分けた実の子どもであれば、なおさら脅威的に映るだろうと思うのだ。
明らかに自分たちとは違う世界を見ている子どもを受け入れるのは、そうたやすいことではないはずだ。それでもダニエルの両親は、自分たちよりも遙かに遠く、数字のもとに佇む息子の手を、けして拒絶しなかった。

障害が判明したとき、息子と同じものを見ることはかなわないと、彼らは知った。
お互いに言葉がうまく届かない可能性も、知った。
でも、例えば、手を握ることはできると気づいた。
訳の分からない場所で、誰かが手を握っていてくれたこと、その体温の記憶があれば、何とかなるかもしれないと、そう思ったのかもしれない。幼少期、障害による神経過敏で、四六時中泣き続けるダニエルを、交代でひたすら抱き続けられたのは、そんな希望があったからだろうか。

誰も侵すことのできないこの世の美しい秩序と、説明できない柔らかな温度が合わさって、この天才は生まれた。人が持つ深淵を、垣間見るような思いがする。そして同時に、人の可能性の限界を、はるか彼方に望む。もっと行ける。そう確信させる、力に満ちたノンフィクションだ。

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世界で一番美しい病気
小説講座に提出したもの。
「あなたは書評家で食っていけます」と言われたのは、泣きそうに嬉しかった。嬉しかったのです。
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数年前、著者の訃報を聞いたとき「嘘だろう」と笑った。
酔っぱらって、階段から落っこちて、亡くなった。そうニュースは告げている。彼自身の書く小説のような結末で、そんな作り事めいた死に方、あるわけがないと本気で思ったのだ。今でも、へべれけになって大阪の街をふらふら歩いているんじゃないかと、そう思ってしまうし、願ってしまう。

この本に収められている話は、小説あり、エッセイありの一見脈絡のない小話集だ。しかし、どの話にも彼の「別れ」の観念が、身を潜めている。馬鹿なことをして、へらへらと笑いながら、その数秒後には何もかも見透かして、ひどく冷めた目をするような落差がある。彼の言葉の温度差に、ひやりとする。

 「もう人と出会いたくない。人とは、生き別れるか死に別れるかのどちらかしかない。出会った瞬間から別れは始まっている。」
そう言い放つ一方で、こうも書く。
「無限分の一秒前よりも無限分の一秒後には、無限分の一だけ愛情が冷めているかもしれない。だから肝心なのは、思う相手をいつでも腕の中に抱きしめていることだ。ぴたりと寄りそって、完全に同じ瞬間を一緒に生きていくことだ。二本の腕はそのためにあるのであって、決して遠くからサヨナラの手をふるためにあるのではない」と。

彼のIQ値は、平均が100のところを、130を超えていたらしい。人並み外れた何かを持つ人は、知らなくても良かったことを知り得てしまうのかもしれない。隣に誰もいないところまで登ってしまった事実が、誰とも寄り添うことの出来ないさびしさを連れてくるのだろうか。

中島らもは、優しい言葉を書く人だった。そして、弱い人だった。幼い頃から進んできたエリートコースに疑問を感じ、道を外れようとするも、逃げ切ることができなかった。他人とのしがらみに苦しみながらも、すっぱりと振り切れなかった。睡眠薬や酒に頼らなくてはいられないくらいに、自分を保つことに苦労していた。自分の痛みに酔うことを恐れて、酒で酔っていたのだろうか。

彼の小説には彼自身と同じ、弱い人々が登場する。酒や薬や暴力に逃げずにはいられなかった人たちだ。このままではいけないと気づきながらも、ずるずると逃げてしまう、煮え切らない弱さを抱えている。どこまでも追い詰められて、ぼろぼろにならなければ絞りだせない言葉があるとしたら、それはこの本の中に書かれている全てだ。

弱さは、愛おしさではない。しかし、彼が放つ言葉は、不思議と愛おしい。元から綺麗な場所で生まれてくる美しいものよりも、猥雑で雑念まみれの中から、どうにかして削りだして美しくしてやろう、お前を高みまで押し上げてやろうと、本人は小汚くなって生み出されるものの方に、私が心惹かれるからか。酔っぱらったまま、ふらふらとあの世まで行ってしまった男の、切々とした独白の記録である。


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吉里吉里語はほぼ完璧。
山積みの課題とちょっと引くくらいの仕事量に、呆然としつつ久々ブックレビュー。
おかしいな、一日は24時間しかないはずなのに。なんで8時間勤務と3限ぶんの授業を一日の間に両立しておるのだ。


井上ひさしの理念がとても好きだ。
「むずかしいことをやさしく やさしいことをふかく ふかいことをゆかいに」と書かれたメモが、彼の机の前には貼られているらしい。誰にも分からない難しい言葉で偉そうにつづられた文章など、小説とは呼べないと私が思うのは、この人の物語を知ってしまったからだ。

この話は、もうどのページをとっても、大好きなんだが、特に憲法の第九条について、老人が語るシーンを何度もたぐる。
不憫な扱いを受けてばかりだという、第九条の書き方に泣けてきた。
一番星よりもきらきら光る、美しい約束事の話。
猛々しく吠える獅子よりもなお誇り高い、国に打ち立てられた楔。
抜いてはいけない。折ってはいけない。
私たちはそれを守り抜いていかなくちゃあならない。
誰も傷つけない方法で、自分たちを護る術を考えてきたのだから。

虎の威を借りまくりのどこぞの狐に対して、凛とたたずむ勇敢で賢い鼠達がいる。
愉快で胸がすっとする、この国の深淵をのぞき込むような物語だ。

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私信めいた昔話。
腎臓系は甘く見ない方が良いですよ、と私信ぶっておく。
いや、私も出たことありますが。
疲労が原因の場合が多いですが、人によって疲れが溜まると弱る部分は、まちまちなのでなんとも。
ちなみに私の原因は、スキーの大会で、すっ転んだ挙げ句に防柵に叩きつけられ、全身強打したのが原因でした。
医者には「普通、その場で起きあがれなくなりそうなもんですけど…」と呆れられる。
すみません、クラッシュしてすぐに跳ね起き、その後3キロ走ってゴールしたのち、ラーメンとおにぎりでがっつり腹ごしらえをして、撤収作業までした後に損傷に気づきました。先生は薬をくれませんでした。なんでだ。

ともかく、こういう↑獣じみた奴の言うことは華麗にスルーして、一応病院行ってみた方が安全だと思いますよ。


近所の図書館から「終戦のローレライ」の単行本を上下巻、引き取ってきました。
やっぱり好きだなぁ、この表紙のデザイン。
それぞれ空と海の画像で、魚眼レンズをのぞいたような感じなのです。
さらにカバーを剥ぐと、赤と黒のシックなデザイン。
うーん、ますます好みです。ちょっとずつ読もう。

最近は伊坂幸太郎の「モダンタイムス」を読破。
かなり分厚いのに、読者をだれさせないのが相変わらず上手いなぁ。
登場人物の関係とか、人数とか名前の付け方とかが、センス良いんだと思います。誰が誰なのか、こんがらがったりしない。
…でも、もっと面白くなるはず…!と思ってしまうのは、高望みしすぎでしょうか…。「ゴールデンスランバー」もまた然り。
同じく伊坂さんファンの恩師と一緒に「彼はもっといい話が書けるよね!」と、あれこれ語る。
短編では「透明ポーラーベア」がたいそう好きです。
「重力ピエロ」や「砂漠」も大好き。「チルドレン」もいいなぁ。
伊坂さんの物語は、絶対的なルールをしれっと無視していく人達の、小気味よさがあって好きです。
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愛憎のこと。
憎むことと愛することは、相反するようで、よく似ている。
生半可な気持ちでは、その感情を維持させていくことは難しい。どうでもいい存在として、頭の片隅に追いやった方が余程楽だ。
ならば、殺したい程に憎い相手というのは、その人のためなら死んでも良いと思うくらいに愛する相手と、表裏一体なのだろうか。
一人の女が、その狭間で揺れる。
揺れることを止め、どちらかにとどまった瞬間、事件は起きる。
解決しなくていい、謎のままでいい、そう思ったのは私が(曲がりなりにも)女だからか。

ミステリー作家というのは一体、どういう頭の構造してんじゃい、と秀作を読むにつけて思う。
この作品は、全く逆の発想から生まれた殺人だ。
殺すためではなく、「救済」のための殺人。
タイトルに物語の全てが込められている。

あと、ドラマから登場した内海刑事も出てきてます。
性別の違いって、思考に結構でかく関わってくるよなぁ、としみじみ。
福山雅治も出てきます。2ヶ所だけ。遊んでるな東野圭吾…!
そして、東野圭吾が犯人として書く女性を見ていると、彼は結構フェミニスト?と思ってしまう。男性が犯人の時と、描かれ方がなんか違う気がする。細部まで気をつかって表現しているような。
気のせいか?

この本は、那遊多宅で読んだのですが、私が読む様子を奴は「化け物」と言いやがりました。
失礼な!
読むのが予想以上に早かったらしい。
那遊多の本棚のラインナップは非常に素敵なのですが、本人が読んでいないものが多すぎると思います…ええい、もったいない!
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小説講座。
小説講座に参加してきました。
講師の先生が語ること語ること。
昼の2時から夜の9時までノンストップで話し続けてくださった…
弁士としてもやっていけるのでは。
そして話すことがことごとく面白いか、ためになる話ばかりで、充実しすぎでした。

本日私は、数十回ばかし「本当に平成生まれ?」と聞かれ、「年ごまかすんじゃありません」と諭され、初対面の方に「学校の先生ですか?」と真顔で尋ねられ、「聖徳太子みたいだね!」と褒められました。もう、わたし、どう突っ込んでいいのかわからない。
とりあえず「年齢不詳」が私のレッテルのようです。

HARUさんが、提出した書評を読みたいと言ってくれたので、まんまと木に登ってみることにします。豚だって登れるんだから、小学校時代、登り棒でサルのように平気で4メートルくらいするする登っていた私には朝飯前だ。それって女子としてどうなんだ。

本は以前も書いた「聖の青春」です。
とある方々にたいそう褒められて、どうしたものかわたわたしていますが、嬉しいテンションのまま乗っけてしまえ。
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遠い人だ。そう思わせる人がごくまれにいる。私にとっての遠い人とはプロ棋士の羽生善治、この一人だ。天才の名を欲しいままにする彼は、時折どこか遠くを見やるような目つきをする。この人と比べたら、アメリカの大統領やグルジアの孤児の方がよほど近しく思えてしまう。対戦やインタビューの記事を読むほどに、その隔たりは濃度と高さを増していく。そんな彼が一度だけ、近しく思えた時がある。今はもういない誰かを悼み、懐かしむ瞳をしていた。遠いどこかではなく、確かに何か一つを見据えていた。それが、このノンフィクションの主役である村山聖の話をした時だった。

将棋界において羽生棋士と並び、西の天才と呼ばれたのが村山聖である。プロの棋士になるには、才能の有無はもちろんだが、それ以上に時間が大きな壁になるという。彼には他の人以上に、病気によるハンデが常につきまとった。幼い頃に患った重い腎臓病が、生涯彼を苦しめた。二十九年という短すぎる生涯を、彼をアマチュア時代から見守ってきた著者が鮮明に記している。

彼が病と将棋の狭間で闘う様は、凄まじいの一言に尽きる。発作が始まり寝込む際、彼は必ず水道の蛇口を少しゆるめておく。朦朧とした意識の中、流しに落ちる水滴の音だけが、自分はまだ生きていることを証明してくれる。この音が聞こえるうちは、まだ大丈夫だ、と。そうして部屋でたった一人、水音に耳を澄ませる。来るべき対戦の日に備え、自分の体がどこまで動くのかを、神経を研ぎ澄ませて量るのだ。彼は、将棋に対して、文字通り命を燃したと言えるだろう。病がもたらす絶望感から彼を救ったのは、間違いなく将棋だ。しかし同時に、将棋が彼の命を縮めた。読み進めるうちに、ある仮定を抱いてしまうのだ。もし、彼に将棋の才能が無かったら、これほどまでに自分を追いつめるようなことは無かったのではないか、と。才能の有無と、生きることが、必ずしもイコールでつながるわけでは無いのだと、思い知らされてしまう。そして、ページを手繰るたびに、祈るような気持ちになる。少しでも永らえるよう、安静にしていて欲しいと願う気持ちと、何もかも振り切って将棋に賭けることを期待する気持ち。矛盾した二つの感情がないまぜになる。

それでも私たちは見ているしかない。彼は、自らの力でどこまでも行ける世界と出会ってしまった。脂汗をかき、顔面蒼白になりながら最善の一手を考える彼を、止める術など誰も持ちはしないのだ。将棋という弱肉強食の世界では、力の無いものは追いつめられる。同時に、強者は自分をより高いところへと追い込んで行かなくてはならない。ひしひしとした厳しさが染みる。しかし、どこか切なさを湛えている。止まることを許されない才能の、光芒の話だ。

よく言われる例えだが、人の命は星の輝きとよく似ていると、この本を読むたびに思う。持ち得る熱量が同じである以上、激しく光る星ほど寿命は短い。それでも、燃え尽きた後も記憶に残る人々を、天才と呼ぶのだろう。
何億光年と離れた星の光は、星自体が消えても地球に届く。光すら届かなくなっても、まぶたの裏に焼き付いて明滅し続ける。村山聖という将棋の天才は語られていくのだ。
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ドラえもん短歌
「ドラえもん」をお題に、詠まれた短歌集。
秀逸揃いですが、中でもこの3首が好きです。

自転車で君を家まで送ってた どこでもドアがなくてよかった  仁尾智

タケコプター操縦法を知らなくてママは空からもどってこない  天国ななお

ドラえもん 課長を殴ったくらいなら道具無しでも何とかなるよ  稲荷辺長太

1首目はぶわーっと場面が思い浮かぶ。
夕暮れの堤防沿いを2ケツした自転車が走っていく。
高校生で、裾を出した制服のシャツが風にはためく。
青春は、思い出だから美しくなるんだよなぁ、と思ってみたり。
実際はもうちょい、だらだらどろどろしてますよ。
どこでもドアじゃなくたって、例えばタッチ一つで改札を抜けるカードとか、ボタン一つですぐに相手とつながるケータイとか、ない方が良かったのかな、と思うものは結構あります。
手の中に握りしめられたオレンジ色の切符とか、時間を待ち合わせてかけた自宅の黒電話とか、財布の中の10円玉を数えてかけた公衆電話とか。そういう消えていったものたちは、不便だったけど、確かに何かを築いていた。何とはなしに、そう思うのです。

2首目はさらに解説でこう付け加えられています。
「そうパパからは聞かされて育ちました」
この一行で様々な場面を想像させるけど、それは全て優しさで作られているシーンだ。この子どもが成長して、全てを悟ったとき、どうか父親の嘘を糾弾しないで欲しいと思う。
「嘘も方便」ということわざが結構好きだ。自分を飾り立てたり、都合の良い隠れ蓑にするためではなく、誰かを護るための嘘ならば、私は見ないふりをしようと思う。大切なのは、最後まで貫き通すことだ。嘘でも真実でも、皆。

3首目は、もう、ぶっちぎりで好き。
作者と一緒にサシで語りたい!飲もう!大好きだー!と訳わからなって叫び出すほどに、好き。
こういう人は好きです。たまらん。
飄々としているくせに、何かとんでもないことやらかしてるんじゃねぇか…!というギャップが素晴らしい。殴るくらい耐えかねたことがあったのに、それでもその後何とかしなくちゃいけない現実があり、それに向き合って何とかしたということも。そしてそれを、やっちゃったよー、と苦笑いしながらドラえもんに話しかけてみるとこも。…大好きだ!!
「課長を殴った」ことが「何とかなる」のなら、ジャイアンにいじめられたことだって、テストが0点だったことだって、きっと「何とかなる」のでしょう。
稲荷辺さんの引き出しからは、ドラえもんが出てくることは無さそうです。

私たちに四次元ポケットは無いけれど、日々をどうにかこうにか乗り越えて、さらにそこでこんな歌まで生み出していく。できればドラえもんには、夢のままでいて欲しい。
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