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そういえば載せてなかった。
今年の夏の小説講座で提出した書評、もう1本。
mixiの方では載せていたんですが、こっちで忘れていた。良い本です。
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「11は人なつこく、5は騒々しい。4は内気で物静かだ」
著者ダニエル・タメットは、あらゆる数字をまるで友人を紹介するように、それぞれの個性を表現する。
彼は「サヴァン症候群」という先天的な知的障害を持つ。
左脳に障害を持つため、それを補おうとして右脳が著しく発達し、数学や語学の方面に天才的な発達を見せる高次機能障害だ。逆に法則のない曖昧な事柄への理解は、苦手らしい。
さらに彼は、数字が図形や色として捉えられる「共感覚」という力を持っている。
一見脈絡の無い数字の羅列に見える円周率も、彼の目には色と形をもって、一幅の絵のように映し出されているのだ。

その天才ぶりは並大抵のものではない。数週間で新たな言語を次々と習得し、円周率暗唱記録・欧州チャンピオンの座を守り続けている。しかし彼のこれまでの人生が、順風満帆だったのかというと、そんなことはない。
彼はサヴァン症候群や共感覚と共に、「アスペルガー症候群」という、人とのコミュニケーションにおいて不備が表れる機能障害も持っている。そのため中学まで、親しい友人は一人もできなかったという。
彼は、自分が同級生達とは何かずれているのだと、薄々感じていた。でも、その決定的なズレをどうすることもできなかった。子どもというのは、自分と違う存在にとても敏感だ。そして学校という場所において、「人と違う」ということは、けして有利に働くことばかりではない。
自分が「異質」だと気づいたときの、著者の葛藤を読むたびに、それはどれだけよるべない心持ちだったろうかと、想像する。
これまで自分が拠り所にしてきた、例えばルールや単位、そういうものが全て否定されてしまう瞬間のことを。羅針盤も無く、沖に流された小船が、波に翻弄されるさまを。

それでも彼は、思慮深く、自分の特徴を理解しようと客観的な目をこらしている。自分の投げかけた言葉は、誰にも届かず地に落ちるかもしれない。それを、どうしたら受け取ってもらえるだろうかと、真摯に考え続けた軌跡が、この自伝である。生まれたときから、世界とのズレを感じ続けた彼が、自分の力で居場所を広げていく。
とても魅力的な男性の姿がつづられた、人間の可能性の話だ。

そして、著者と同じくらいに偉大なのは、彼を支え続けた両親だろうと思う。
自分に想像がつかないもの、というのは空恐ろしい。
ましてやそれが、血を分けた実の子どもであれば、なおさら脅威的に映るだろうと思うのだ。
明らかに自分たちとは違う世界を見ている子どもを受け入れるのは、そうたやすいことではないはずだ。それでもダニエルの両親は、自分たちよりも遙かに遠く、数字のもとに佇む息子の手を、けして拒絶しなかった。

障害が判明したとき、息子と同じものを見ることはかなわないと、彼らは知った。
お互いに言葉がうまく届かない可能性も、知った。
でも、例えば、手を握ることはできると気づいた。
訳の分からない場所で、誰かが手を握っていてくれたこと、その体温の記憶があれば、何とかなるかもしれないと、そう思ったのかもしれない。幼少期、障害による神経過敏で、四六時中泣き続けるダニエルを、交代でひたすら抱き続けられたのは、そんな希望があったからだろうか。

誰も侵すことのできないこの世の美しい秩序と、説明できない柔らかな温度が合わさって、この天才は生まれた。人が持つ深淵を、垣間見るような思いがする。そして同時に、人の可能性の限界を、はるか彼方に望む。もっと行ける。そう確信させる、力に満ちたノンフィクションだ。

JUGEMテーマ:読書
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